大判例

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津地方裁判所 昭和27年(わ)210号 判決

本籍並びに住居 上野市木興町三千二百五十四番地

自由労務者 荒井忠彦

昭和三年五月二十二日生

本籍 上野市久米町三百三十一番地

住居 同市八幡町千九百八十二番地

自由労務者 中江啓生

大正十五年六月二十日生

本籍 朝鮮忠清北道報恩郡報恩面江新里番地不詳

住居 上野市西忍町番地不詳

自由労務者 中村義徳こと 李真義

大正八年六月三日生

本籍 朝鮮慶尚南道昌源郡鎮北面智山里番地不詳

住居 上野市田端町千八番地

自由労務者 金本良雄こと 金辰鐘

昭和三年十一月十七日生

本籍 朝鮮慶尚南道密陽郡武安面中山里七百六十六番地

住居 上野市田端町千八番地

飴製造業 平山吉雄こと 申貴徹

昭和七年二月二十九日生

右の者等に対する各破壊活動防止法違反被告事件につき当裁判所は検察官竹中知之出席して審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人等は無罪

理由

本件公訴事実は

被告人等は島名武雄と共謀の上内乱の罪を実行させる目的を以て、昭和二十七年九月十三日午前六時三十四分頃から同七時二分頃迄の間上野市平野馬場先二千八百八十六番地安永鉄工所正門前に於て同所職工奥学外六十九名に対し「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」と題し「売国的な吉田政府はアメリカ帝国主義者のこの野望に同意し、占領制度を延長するための日米安全保障条約を結び警察や予備隊、海上保安庁等の新しい軍隊を強めている。彼等はそれによつて、日本軍国主義を再建すると共に、警察や軍隊の周囲に消防団、鉄道公安官、刑務官等やガード、職制反動的暴力団等を結集し国民にフアツショ的な体制を押しつけているのである。この侵略的な武装力と、一切の暴力組織が吉田政府と占領制度に反対する国民を弾圧し、戦争によつて利益を得る日本のすべての反動勢力を守つている。従つて平和的な方法だけでは戦争に反対し国民の平和と自由と生活を守る斗いを推し進めることはできないし、占領制度を除くために吉田政府を倒して新しい国民の政府をつくることもできない。彼等は、武装しておりそれによつて自分を守つているだけではなく、われわれをほろぼそうとしているのである。これとの斗いには敵の武装力から味方を守り敵を倒す手段が必要である。この手段は、われわれが軍事組織を作り、武装し行動する以外にない。軍事組織は、この武装行動のための組織である」「既に国民の間では部分的ではあるが彼等に対する直接的な行動が組織されており、武装を求める先進的な斗争も行なわれている。しかも情勢はこれを全国民的な規模に発展させうる条件を備えているのである。」「労働者や農民の軍事組織をつくるには、……武器をとつて、国民をこの奴隷的状態から救い、民族解放、民主革命のために献身する意志と決意と能力を持つ人々を結集する以外にない。軍事組織の最も初歩的なまた基本的なものは、現在では中核自衛隊である。従つてわれわれは、この人々を中核自衛的に組織しなければならない。」「中核自衛隊は工場や農村で国民が武器をとつて自らを守り、敵を攻撃する一切の準備と行動を組織する戦斗的分子の軍事組織であり、日本に於ける民兵である。従つて中核自衛隊は、工場や、農村で、武装するための武器の製作や、獲得或いは保存や分配の責任を負い、また、軍事技術を研究し、これを現在の条件に合せ、斗争の発展のために運用する。更にこの実践を通じて大衆の間に軍事技術を普及させる活動を行なう」「現在の軍事組織は工場や農村の戦斗的分子から成る中核自衛隊であるが、軍事委員会は、この基本的な組織を発展させることによつて、更に労働者や農民のパルチザンや、人民軍を組織していくことを大きな目的とし、これを政治的に、軍事的に指導する責任を負うものである。」「もともとわれわれの軍事的な目的は労働者と農民のパルチザン部隊の総反抗と、これと結合した、労働者階級の武装蜂起によつて敵の権力を打ち倒すことにある。」「日本で……パルチザンを……組織しなければならない。これは非常に効果的な斗争の方法であり、敵に決定的な打撃を与えることができる。」「このようにして斗争がくり返され、大衆行動と軍事的勝利が蓄積されるならば、われわれは敵の支配を地域的に麻痺させ、真の根拠地をつくりあげることができる。」「またこうしてわれわれの武装力によつて、敵の支配がくつがえされ、軍事組織も参加した、民族解放民主統一戦線が地域的な支配を確立するならば、これこそ、われわれの権力に他ならない。」「われわれの軍事組織は、この根本原則に従つて、敵の部隊や売国奴達を襲撃し、これを打破つたり、軍事基地や軍需工場や、軍需品倉庫、武器、施設、車輌などをおそい、破壊したり爆発させたりするのである。」「われわれの軍事科学は武器をつくることや、それを保存したり、使用したりすること等の技術的な問題から地形や条件に応じて味方を配置し、力を充分に発揮する作戦や全革命戦争の見透しと戦術など、日本の革命戦争に必要な一切のものを含んでいるのである。」「軍事組織の目的は日本の国民を現在の奴隷的状態から救い、人間らしい自由と生活を斗いとることにある。このために国民の武装した力によつて現在の反動制度を撤廃し民族解放、民主制度を確立するのである。従つて軍事組織は民族解放民主統一戦線の最も先進的な最も戦斗的な行動の部隊である。」「自らの力を強めるためにも同盟者と協同して新しい国民の政権をつくるためにも進んで統一戦線の結成に努力し、地方や全国の統一戦線に積極的に参加しなければならない。そうしてのみ国民の利益のための国民の武装組織となることができるのである。」「われわれは、軍事的な力を過信してそれが政治的な任務を達成する手段の一つであることを忘れてはならない。軍事組織の斗争はきわめて熾烈なものであるが、その目的は結局、民族解放、民主革命を目指すものであり、国民の共通の目的のために斗つているものである。それ故にこそ軍事組織が大衆斗争と結合して敵の武装力を地域的にくつがえすならば、それが直ちに国民の権力を地域的に打ちたてる力となるのである。」等と記載して前記罪の実行の正当性及必要性を主張した文書合計七十二部を頒布したものである。というのであつて、右の行為は破壊活動防止法第三十八条第二項第二号に該当すると主張するのである。

よつて審按するに、

一、被告人等が島名武雄と共謀の上昭和二十七年九月十三日午前六時三十分頃から同七時頃迄の間上野市平野馬場先二千八百八十六番地安永鉄工所正門前において同所職工奥学外約六十九名に対し「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」と題する文書合計約七十数部を頒布したことは

1、被告人荒井忠彦の司法警察員に対する昭和二十七年十月十五日附、検察官に対する第三回、同月四日附、第八回及び第九回各供述調書を通じ「私は昭和二十七年九月十日午後七時頃上野市新天地の空家で島名武雄と双方から二、三名ずつ出して安永鉄工所工員に対し安永鉄工所解放綱領と軍事論文を配る相談をし後者は島名が直接中江に渡すことになり、前者は私が翌十一日夜前記空家で島名よりこれを受取つたが、同日午後九時頃更に井上茂を通じ中江に対し前記綱領に『九月十三日朝六時松岡履物店横に解放綱領を持参するように』との旨の手紙を添付して届けさせた。これより先同日朝直接中江に、同日夜山下隆に、翌十二日南克己に右文書配布の手伝を依頼した。翌十三日午前六時過に家を出て自転車で前記履物店横に行くと中江が自転車の荷台にハトロン紙包を附けて待つており、二人で同鉄工所に向つたが、途中で中江は『昨晩島名の持つてきた印刷物を前記開放綱領に挾んでおいた』と云つたので、右印刷物は軍事論文だから厳重なピケを張り工員に配布すべきことを話した同鉄工所正門前には島名より命ぜられたと思われる申貴徹と李真羲が待つていたので、申と中江に右各印刷物を配らせ李には自転車で愛宕町方面を移動して見張るよう命じた正門前から恵比須町に出た附近に金辰鐘が立つて見張つていた。南克己には松岡理髪店前で立つて見張るよう命じた。」旨の記載

2、被告人中江啓生の司法警察員に対する第四、第五回並びに検察官に対する第一回第三回各供述調書を通じ「私は昭和二十七年九月十一日朝八時頃安定所前で荒井忠彦から十三日安永にビラを配るから手伝つてくれと依頼されて承諾した同日夜上野市勤進辻附近の岸田薬局前で井上茂から同人が荒井にことずかつたビラを私宅へ置いて来たことを聞いたが、帰宅してみると、『十三日六時半に松田履物店の処まで来てくれ』との旨認められた雑記帳の紙片を附した厚さ三、四寸の新聞紙包があつた。翌十二日宮島捨吉方前で共産党員島名某から新聞紙包を受取つたが、その際同人は荒井が私宅へ届けた文書にこれを折り込んで配つてくれと云つた。帰宅して両包を開くと荒井より受取つたのは安永鉄工解放の道という文書でこの中に島名より受取つた『われわれは武装しなければならない』という文書を一部ずつ折り込み、これを十三日朝新聞に包んで持ち六時過頃松岡履物店前に行つたところ、間もなく荒井が来たので共に安永鉄工所前に行つた。同所には朝鮮人平山外一名が来ており荒井の指示により私と平山で右包の中の文書を安永鉄工所正門附近で出勤してくる職工に一部ずつ配つたが、私は自分の持つていたものは全部配つた。」旨の記載

3、被告人李真羲の検察官事務取扱検察事務官に対する第一、第五回並びに検察官に対する昭和二十七年十月十六日附及び第二回各供述調書中「私は昭和二十七年九月十一日島名の兄から『十三日朝六時頃安永鉄工所で軍事方針を入れるが危いのでピケを立てるため朝鮮青年から二、三人頼む』と云われたので、十一日晩金本良雄方で開かれた在日朝鮮民主愛国青年同盟の会議の始か終かに出席していた者に、島名に頼まれたことを話し、出る者を募つたところ、平山、金本良雄が出ると云つたので、私と共に三人が出ることに決めた。会議後午後九時過頃名の知らぬ日本人が来て島名と同趣旨の事を云つて来た。翌十二日午後十時過頃帰宅すると家内より『見知らぬ若い人が持つて来た』と云つて三寸四方の紙切れを渡されたので見ると安永鉄工所の地図と私、金辰鐘及び申貴徹三人の配置即ち見廻る人、ピケをする人、配る人の配置が書いてあつた。十三日朝六時半頃私、金本、平山の三人が安永鉄工所の方へ行つたところ荒井、中江と会つたが、私はすぐ見張りのため自転車で廻つた。」旨の記載

4、被告人金辰鐘の検察官に対する供述調書中「私は昭和二十七年九月十一日夜私宅で申貴徹、李真羲の三人がいるところへ見知らぬ日本人が来て『二、三日中に安永鉄工所前で工員に非合法ビラを頒布するからピケしてくれ、細部は金辰鐘か李真羲に連絡する』と云つて出て行つたので私はピケを進んでやるつもりでいた。九月十三日朝六時半頃李真羲が私宅に来たが同人から『安永鉄工所附近恵比須町から日南町に拔ける角の八百屋前でピケをやつてくれ』と云われ一緒に家を出、途中申貴徹を誘い私は李に云われた場所でピケを張つていた。午前七時二十分頃同鉄工所前正門附近に行くと荒井忠彦、中江啓生、李真羲、申貴徹、金徳鎮が集つていた。その時荒井は頒布した残りの十二、三部を持つていた。」旨の記載

5、被告人申貴徹の検察事務官に対する第四、第五回並びに検察官に対する昭和二十七年十月十六日附及び第二回各供述調書中「私は昭和二十七年九月十一日夜金本良雄方で開かれた在日朝鮮民主愛国青年同盟の会議に出席したが、終了後李真羲が『九月十三日朝六時半安永鉄工へ共産党の軍事論文のビラを流すのに行く者はないか』と云い私と金本を指名したので李を加え三人で行くことになつた。その後で他の知らぬ日本人が来て李に対し『行く者は決定したか』と云つたところ李は前記の三人と決定した旨を告げた。同月十三日六時半頃自転車で同鉄工所へ行くと荒井と中江に会つたが両名中の何れかが僕にビラを半分程呉れたので、僕がまくのだと思つた。その中の一部は安永鉄工労働者解放の道と書いてあつたがこの時これは何かと聞くと荒井、中江、徹の中の誰かが『その中に軍事計画に関する論文が入つている』と云つたので武装して革命をやらねばならぬ事が書いてある文書だと思つた。そして私と中江が安永の門前でそのビラをまいた。私がまいたのは三十部か三十五部位である。中江もそれ位まいていると思う。最後に私の持つていた分が十五部位残つたので確かに中江にそれを渡したと思う。」旨の記載

6、井上茂の検察官に対する供述調書中「私は昭和二十七年九月十一日夜上野市公民館で荒井忠彦より『中江に渡してくれ』と云われ新聞紙に包んだ厚さ五寸位のものと、その場で荒井がノートの紙切れに何か書込んだものとを一緒に受取り中江宅へ届けたが、同人は不在だつたので奥さんに『荒井からことずかつたから渡してくれ』と云つて渡した。それから池沢という風呂屋へ行く途中岸田薬局前で中江に会つたので『荒井からことずかつたものを妻君に渡した』と告げた。」旨の記載

7、山下隆こと金徳鎮の検察官に対する供述調書中「私は九月十一日午後七時過頃上野市公民館で荒井忠彦から『明後十三日朝安永鉄工所の工員に共産党の軍事方針を挾んだパンフレツトを頒布するから同日午前六時頃までに安永の前まで来てくれ』と頼まれ承諾した。九月十三日朝所用の帰途午前六時四十分頃同鉄工所正門両側で中江啓生等が立ち工員に一人一人パンフレツト様のものを手渡していた。私も見張をするため帰宅を急いだが途中で李真羲に出会つた。そして自宅前に立ち警官が来るのを見張つていたが午後七時になつたので同鉄工所正門附近に行くと、荒井忠彦、中江啓生、李真羲、申貴徹が居たが、荒井は頒布残りのパンフレツト十二、三部を持つていた。」旨の記載

8、南克己の検察官に対する供述調書中「私は昭和二十七年九月十二日午前十一時四十分頃上野職業安定所前で荒井忠彦より『明朝ビラをまくから午前六時半きつかりに安永鉄工所前まで来てくれ』と云われて承諾し、翌朝六時四十分頃同鉄工所附近に行くと、荒井と中江啓生、朝鮮人の平山某がいたが荒井は私を同鉄工所正門から約二十米離れた松岡理髪店の処に連れて行き『向うにいる金本が手を挙げたらお前も手を挙げて合図せよ』と云つたので、見ると約二十米離れた四角に朝鮮人金本良雄が立つていた。私はビラをまくため警官を見張る役をさせるのだと思つた。中江と平山は鉄工所正門両脇で出勤してくる工員にパンフレツトのようなビラを渡していた。荒井は自転車に乗り見廻つていた。」旨の記載

9、第五回公判調書中証人高木勇の「私は昭和二十七年九月十三日午前七時前頃安永鉄工所に出勤した際正門前で荒井忠彦外二名が印刷物を配つており、三人のうち名の知らぬ人から『安永鉄工労働者解放の道』という文書を受取つた。その文書には何か挾んであつたように思う。」旨の供述記載

10、同公判調書中証人中井清の「私は昭和二十七年九月十三日午前六時四十分頃前同所で二名の者が印刷物を配つているのを見たが謄写版刷りと活版刷の二種類を貰つた。前者は安永鉄工労働者云々と題がつけてあり、後者の表題は忘れたが一枚の大きな紙に上下を適当に切つて頁建てないと読めない様な印刷物だつた。」旨の供述記載

11、同公判調書中証人安井哲郎及び同福森常夫の「私は昭和二十七年九月十三日朝安永鉄工所へ出勤すると正門前で二人の者が印刷物を配布していたが『軍事問題の論文を発表するにあたつて』という文書と『安永鉄工所労働者解放の道』という文書の配布を受けた。」旨の各供述記載

12、角田修及び奥学に対する各証人尋問調書中「私は前同日時頃前同所で印刷物を配つておる者からそれを受取つたが一つは『軍事問題の論文を発表するにあたつて』他は『安永鉄工労働者開放の道』という表題の文書であつた」旨の記載

13、沢田万彦、角田進、高木喜郎、森川元一及び森辻精一の各証人尋問調書中「前同日時頃前同所で前同様の印刷物を受取つた。」旨の記載

14、辻利男に対する証人尋問調書中「私は前同日時頃前同所で一人の者からガリ版刷の『安永鉄工労働者解放の道』外一部の印刷物を受取つた。」旨の記載

15、池原寿彦及び古川勇の各検察官に対する供述調書中「私は前同日時頃前同所で一人の男から『安永鉄工所労働者解放の道』及び『われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない』と題するパンフレツトを受取つた。」旨の記載

16、今井博昭の検察官に対する供述調書中「私は前同日時頃前同所で二人の青年のうち一人から前同様の文書を受取つた。」旨の記載

17、角田登及び前川幸次郎の各検察官に対する供述調書中「私は前同日時頃前同所で二人の青年のうち一人(中江啓生の写真を示され同人によく似ている旨供述)より前同様の印刷物を渡された。」旨の記載

18、角田茂の検察官に対する供述調書中「私は前同日時頃前同所で中江啓生外一名が印刷物を配つており、中江から少し離れた所に荒井忠彦が立つているのを見たが中江から表紙に『安永鉄工労働者解放の道』と書いてある印刷物を一部貰い受けたがその中に何か紙が挾んであつた。』旨の記載

19、押収にかかるタイムカード綴一冊(証第四十八号)中高木勇、中井清、永井哲郎、福森常夫、角田修、池原寿彦今井博昭、奥学、沢田万彦、角田茂、角田進、角田登、高木喜郎、古川勇、森川元一、森辻精一、辻利男及び前川幸次郎の昭和二十七年九月十三日における出勤時間の各記載

20、押収にかかる「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」と題する文書十九部(証第二乃至第九号)「安永鉄工労働者解放の道」と題する文書十三部及び同文書の一部二枚(証第四十二乃至第四十七号)並びにノート紙片一枚(証第九十六号)の各存在

を綜合して之を認めることができる。

二、破壊活動防止法第三十八条第二項第二号(第四条一の二)の合憲性について、 辯護人の本条に関する違憲論は次の二点に要約されるので、当裁判所の判断を示す。

1、民主々義の基本原則は三権分立と言論の自由に求められ、近代の民主々義を維持して来たものは権力者の専制、抑圧に対する国民の抵抗権であつて、その抵抗は言論の自由によつて表現さるべきである。我憲法も之を保障し、言論の自由は、本質的に奪うことができない基本的権利として認めているに拘らず、本条はこれを制限するものであるから違憲である。

成程言論の自由は民主々義の基礎をなすものであるから、これを制限、抑圧せんか、権力者の一方的意思に基く専制政治となり、民主々義は地を掃うに至る。従つて言論の自由を制限抑圧するは民主々義における罪悪であつて、絶対に許されないことは言を俟たぬところである。

殊に我国は近代国家の常例に則り代表的民主政治の形態を採つている以上、議会における議員の言論の自由のみでなく、主権者である国民の政治に関する言論を自由濶達に伸張せしめてこそ民主々義のよりよき成果を挙げ得るもので、言論の自由こそ民主々義の温床と謂はなければならない。

されば、為政者は、自己の主義主張に反する言説にも謙虚に耳を籍し、いささかも、これを制限抑圧すべきではない。

この為政者の主義主張に反する言説を国民の抵抗権と指称するなら、辯護人の主張はその意味においては正しいであろう。

この故にこそ我憲法は第二十一条並に第九十七条において言論の自由は現在及び将来にわたつて侵すことのできない永久の基本的人権として保障したのである。

然しながら憲法が保障する言論の自由は国民に無軌奔放を許容したものではなく自ら一定の限界を有することは絮説を要しないところである。即ち民主々義は主権者である国民各個の良識と責任とに期待し、その責任ある自由濶達な言説に基いて国民の最大多数が是認する政治を行い、以て国家、社会の福祉の増進に寄与せんとするものであるからである。

されば、この限度を超えた言論は、自由に名を藉りた所謂権利の濫用であつて、憲法が保障する言論の自由の埓外にあるものと謂うべきである。

換言すれば、憲法が保障した自由は常に公共の福祉に反し得ないものであつて、これは基本的人権それ自体に内在する本質的な限界である。

かく解するときは、本条が言論の自由を制限するの故を以て直に憲法違反であると論断するは正当でなく具体的に本条が前示自由権の本質的限界を超えたものを注意的に制限したものか否かによつて決論さるべきである。而して本条は内乱の罪(外患誘致罪、外患援助罪はしばらく措き)を実行させる目的を以てその実行の正当性又は必要性を主張した文書又は図画を印刷し頒布し又は公然掲示することを禁じたもので、所謂多衆結合して国家の政治的基本組織を暴力を以て不法に破壊する暴力主義的破壊活動の正当性又は必要性を主張する表現の自由を禁止したものであるから、前示憲法の保障する自由権の本質的範囲を逸脱したものについて制限したものと謂はなければならない。

惟うに、民主々義の下において、政治的言説が特に尊重せらるべく、これを制限する刑罰を以て臨むときは、言論は萎縮し、民主々義はその基盤を失つて崩壊するに至るから、これが解釈には慎重な考慮を要し、公共の安全を確保するために必要な最小限度に限定すべきは当然であるけれども、本条は現行憲法下の国家の政治的基本組織を暴力を以て不法に破壊することの正当性又は必要性を主張する言説を禁止せんとするものであつて、かかる暴動によつて公共の安全と福祉が最大の危険にさらされることは明白であるから、これを禁止した本条が毫も憲法に違反するものではない。

2、本条は憲法第三十一条の罪刑法定主義に違反する。即ち刑罰の原則は法律の手続という形式だけに重点を置くものでなく、法律の内容が適正でなければならない。刑罰の対象は客観的事実でなければならぬ。主観的なもので客観的に証明し被告人が反論し得ないようなものには処罰の対象となり得ない筈である。人間の思想、目的、判断の如き主観的なものは処罰の対象となり得ないのみでなく、憲法第十九条によつて内容の自由を積極的に手厚く保護している。然るに本条は刑法犯の目的罪と全然別個の新しい種類の目的罪を作り上げて、客観的行為からその目的を推認し得ない目的を処罰の対象とした。人間の意思内容そのものを処罰の対象とすることは罪刑法定主義の原則から逸脱するものである。而してこれが認定は裁判官の主観によつて或は有罪となり或は無罪となり客観的に証明し得ないので裁判の公正を期することができない。と謂うのである。

本条が所論の如く単に被告人の意思内容そのものを処罰の対象としたものであれば、内心の自由を保障した憲法の条規に違反するけれども、然らずして暴力主義的破壊活動の正当性、必要性を主張した文書、図画を印刷、頒布、公然掲載したという客観的事実に附加するに内乱の罪を実行させる目的を以てし、その構成要件を厳格に規制して、苟にも憲法が保障した言論の自由を制限することなからしめんことを期したものであつて、而かも、その目的の認定には当然刑事裁判の証拠法の制限が存し、客観的な微表なくして裁判所が専断を以てこれを認定することがあり得ないものであるから、本条が罪刑法定主義に反するとの所論は当らない。

尤も本条が国民の基本的人権に重大な関係を有するものであるから、法第二条において、その取扱については厳に戒心を求めている点は注目すべきであらう。

三、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」なる文書(証第二乃至九号)の概要

1、国民の革命的斗争を組織するよう訴えている。

本件文書の冒頭に軍事問題の論文を発表するにあたつてなる表題の下に第五回全国協議会は、満場一致で新しい綱領を採択した。この軍事問題についての論文は、われわれが不充分ながら行つてきた問題についての実践の発表であると共に、新しく採択された綱領にもとづく具体的な指針である。新しい綱領は『民族解放、民主政府が妨害なしに平和的な方法で、自然に生れると考えたり、或は反動的な吉田政府が、新しい民主政府に、自分の地位をゆずるために、抵抗しないで自ら進んで政権をなげだすと考えるのは、重大な誤りである』と述べて、国民の革命的斗争を組織するよう訴えている。この論文は、この点を明かにしたものである。と記載し。

2、軍事組織と武装行動の必要を説いている。

われわれに、何故軍事組織が必要かなる問に対しその答として、「武装した権力を相手に斗つているからである。日本の国民の利益を守つて、国民を現在の奴隷状態から救い、民族解放、民主革命を斗いとるためには、アメリカ帝国主義者の日本に対する占領制度を除かねばならない。ところが彼等は、日本の国民を支配するばかりでなくソヴエト同盟や中華人民共和国をはじめ、アジアの諸民族を侵略し、支配する野望を持つている。この野望を達成するために、近代的な軍事科学によつて武装された、軍隊と軍事基地を日毎に強め、新しい戦争計画を推し進めている。また反動的な吉田政府を援けて日本国土と国民を彼等の相棒に仕立てようとしている。

売国的な吉田政府は、アメリカ帝国主義者のこの野望に同意し、占領制度を延長するための日米安全保障条約を結び、警察や予備隊、海上保安庁等の新しい軍隊を強めている。彼等は、これによつて、日本軍国主義を再建すると共に警察や軍隊の周囲に消防団、鉄道公安官、刑務官等やガード、職制、反動的暴力団等を結集し、国民にフアツショ的な体制を押しつけているのである。この侵略的な武装力と一切の暴力組織が吉田政府と占領制度に反対する国民を弾圧し、戦争によつて利益を得る日本の総ての反動勢力を守つている。

従つて、平和的な方法だけでは、戦争に反対し、国民の平和と自由と生活とを守る斗いを推し進めることはできないし、占領制度を除くために、吉田政府を倒して、新しい国民政府をつくることもできない。彼等は武装しており、それによつて自分を守つているだけではなく、われわれをほろぼそうとしているのである。これとの斗いには、敵の武装力から味方を守り、敵を倒す手段が必要である。この手段は。われわれが軍事組織をつくり、武装し行動する以外にはない。」と記載し、更に敵の武装力と対抗できる軍事組織をつくることができるかの問に対し「もちろんできる。しかし、それは非常な困難な仕事である。何故なら、敵はきわめて近代的な軍事科学によつて武装している。彼等は優秀な武器を持ち、しかもこれに習熟している。そのうえ日本の国土は比較的小さく、交通が発達している。山岳地帯でさえ村落があつて、通路が開かれている。このことも敵の機動力を援け味方の行動範囲をせまくしている。

しかし、この敵の有利な条件は、よく検討すると全く外観的なものである。何故なら、彼等の武装力は、日本の国土と国民に依存している。彼等の近代的な軍事行動の基礎となる、軍需品の生産と輸送は、労働者階級の手に握られている。ところがこの階級こそ、最も戦斗的なわれわれの味方であり、主力である。

労働者階級は、敵の軍需品の生産と輸送に反対して、これを破壊し、敵を麻痺させることができるだけでなく、武器をつくつて自ら武装したり、これを農民に与えて、農民の武装を援けることさえできる。また敵の機動力に不可欠な交通路線は、起伏の多い国土を通つており、これは農村の、幾百万の農民の前にさらされている。この農民も労働者階級と同じく、敵の収奪に苦しみ、これと斗つているわれわれの味方であり、農村の主力である。更に反動的な吉田政府が、彼等を守るために養ない、育てている、軍隊の多くの部分も、彼等に搾取され、抑圧され生活の道を失つた労働者と農民の出身であり、常に動揺し内部対立している。彼等は吉田政府の政策に反対して、われわれの味方に参加する条件さえ持つている。

そのうえ、最も重要な問題は、敵と味方の軍事的対立はわれわれが必ず勝利する歴史的な階級斗争の一つであり、その基礎のうえに立つていることである。

しかもこの斗いで、われわれは、国際的な強い同盟者を持つている。特にソヴエト同盟や中華人民共和国をはじめ、人民々主々義諸国は機会あるごとに日本の国民を励ましており、多くのアジア諸民族は共同の敵、アメリカ帝国主義者に対して、既に武装して斗つている。

このように国際的に団結した人民の力は、アメリカ帝国主義者を先頭とする侵略者の陣営より遥かに強大なものである。これ等の条件を考えるならば、日本の情勢が敵にとつて必ずしも有利でなく、敵がみかけほど強固でないことが理解できる。従つて、われわれが問題を正しくとらえ、発展させるならば、敵の武装力に対抗できる軍事組織をつくることができるだけでなく、彼等と斗つて必ず勝利することができるのである。

唯、この発展のためには、革命の指導者であり、前衛であるわが党がこの問題を真剣に考え、総ての斗争を意識的に計画的にこの立場から指導すると共に軍事組織と武装行動のための準備を、具体的にとりあげることが必要である。」との記載あり。

3、軍事組織の方式と任務については、

イ、軍事委員会

軍事組織は、全党がこれをとりあげ発展に努力しない限り、組織することができない。

現在の軍事組織は、工場や農村の戦斗的分子から成る中核自衛隊であるが、軍事委員会は、この基本的な組織を発展させることによつて、更に労働者や農民のパルチザンや、人民軍を組織していくことを大きな目的とし、これを政治的に軍事的に指導する責任を負うものである。軍事組織は、軍事問題を発展させるために抵抗自衛組織とその斗争に積極的に協力し、当面の活動では、これに参加して斗うことが必要であるが、この問題だけに自己の任務を解消してはならないのである。

この両方からの誤りを改めないと、抵抗自衛組織が発展しないだけでなく、軍事委員会が特殊の部署としての独自性を失い、組織活動の一つの専門部に過ぎなくなつたり、或いは反対に、党機関が軍事活動の総てをうけあう危険性をおかすようになるのである。

ロ、中核自衛隊

軍事組織の最も初歩的な、また基本的なものは、現在では中核自衛隊である。従つて、われわれは、この人々を中核自衛隊に組織しなければならない。

中核自衛隊は、工場や農村で、国民が武器をとつて自らを守り、敵を攻撃する一切の準備と行動を組織する、戦斗的分子の軍事組織であり、日本における民兵である。従つて中核自衛隊は、工場や農村で武装するための武器の製作や、獲得、或いは保存や分配の責任を負い、また軍事技術を研究し、これを現実の条件に合せ、斗争の発展のために運用する。更に、この実践を通じて大衆の間に軍事技術を普及させる活動を行う。中核自衛隊は、これ等の活動を直ちに具体化して準備しなければならない。このことは、工場や農村の平和斗士や反フアツショ委員会など、あらゆる形の抵抗自衛組織をつくり、これに協力し、これを強める活動を当面の最も重要な仕事とする。

ハ、抵抗自衛組織

抵抗自衛組織による、抵抗自衛斗争は工場や農村における最も先進的な斗である。これ等の組織は、既に、職制や職場内の暴力組織、或いは警察等の抑圧機関に対して、英雄的な行動を組織している。工場では軍需品の生産や輸送をはばみ、農村では山林の解放や軍事基地の土地取りあげと斗い、漁村では、爆撃演習のための出漁禁止と斗つている。

軍事組織は、この斗争を更に広く、また深く発展させることによつて、国民を武装する条件をつくりだすことができるのであり、自ら武装する準備を具体化し得るのである。またこれに協力し、参加することによつて、抵抗自衛斗争の中から、新しい戦斗的な分子を軍事組織の中に吸収し、組織の力を常に拡大させることができるのである。従つて、抵抗自衛斗争は、軍事組織を発展させ、軍事組織をつくる現在の環である。

軍事組織は、全党がこれをとりあげ発展のために努力しない限り、組織することはできない。従つて、軍事問題は、軍事委員会や軍事組織だけの問題だけでなくして細胞や党機関全体の問題である。

特に抵抗自衛組織とその斗争は、軍事問題を発展させる現在の環ではあるが、この斗争自身は、細胞や党機関によつて行はれるものである。そうしない限り、労働者や農民の政治的、経済的日常要求と結合し斗争を発展させることはできない。

ニ、パルチザンの組織

われわれがパルチザンを組織する場合に、先づ考えなければならないことは、パルチザンは、労働者や農民の抵抗自衛斗争の強化、中核自衛隊の組織の発展を通じて、この基礎の上に組織するということである。

パルチザンの目的は、敵の弱点、透間、過失等を攻撃し、敵の分散した力に対して、味方の集中した力で打撃を与えることにある。従つて攻撃の目的を達成したら直ちに転廻した次の機会を持たなければならない。敵から自らを守り味方の地域へ引き揚げることが必要である。ここで守られながら、敵の新しい弱点、透間過失等を見付ける仕事と、これを攻撃する準備を行わなければならない。

ホ、人民軍

武器をとつて、国民をこの奴隷的状態から救い、民族解放、民主革命のために献身する意志と能力を持つ人々を結集する以外にない。

もともとわれわれの軍事的目的は労働者と農民のパルチザン部隊の総反抗と、これに結合した労働者階級の武装蜂起によつて、敵の権力を打ち倒すことにある。しかしこれは失敗することのできない最後の斗争の形である。

このようにして斗争がくり返えされ、大衆行動と軍事的勝利が蓄積されるならば、われわれは敵の支配を地域的に麻痺させ、真の根拠地をつくりあげることができる。またこうしてわれわれの武装力によつて、敵の支配がくつがえされ、軍事組織も参加した、民族解放民主統一戦線が地域的な支配を確立するならば、これこそわれわれの権力にほかならない。」

と記載してある。

4、軍事組織の活動は暴力的破壊活動である。

敵の武装力を破壊し、敵に勝利するために、役立つ軍事行動は、総て行はなければならない。われわれが当面している軍事情勢は、長期に亙る防禦戦の段階である。この段階でのわれわれの戦術は、守勢に立つのではなく、敵の分散した小さな勢力を、味方の集中した力で攻撃する軍事行動を積極的に行うことである。

われわれの軍事組織は、この根本原則に従つて、敵の部隊や売国奴達を襲撃し、それを打破つたり、軍事基地や軍事工場や、軍需品倉庫、武器、施設、車輌などをおそい、破壊したり、爆発させたりするのである。

更にわれわれは、味方の部隊に犠牲ができることが明白な攻撃をしてはならない。斗いには犠牲が当然であり、敵を倒すためには、味方も何程かの犠牲を覚悟しなければならないのであるが、これは斗いが終つての結果であつて、これを当然なものとして行動することは、現在の段階では許されない。何故ならわれわれにとつて一番大切なものは、自己を犠牲にして、この斗に参加している民族の英雄たちである。この英雄たちの経験を豊にし、決定的な斗争に備えて、力を蓄積しない限り、最後の勝利は得られないのである。

このような原則に立ち、国民の信頼を基礎にして、敵の武装力に対する、直接的な攻撃を加えることが、軍事組織の活動である。

軍事組織の斗争は、きわめて熾烈なものではあるが、その目的は結局民族解放、民主革命を目指すものであり、国民の共通の目的のために、斗つているものである。

それ故にこそ、軍事組織が、大衆斗争と結合して、敵の武装力を地域的にくつがえすならば、それが直ちに国民の権力を地域的に打ち立てる力となるのである。」

と説き。

5、単なる論文でなく実践のための具体的方針として提示したものである。

冐頭に、「全党が、この論文を新しい綱領や、第五回全国協議会の一般報告とあわせて討議し、これを単なる論文として終らせることなく、実践のための武器にされんことを希望する。」と記載し、末尾に「現在われわれにとつて、一番重要なことは、武装し行動する条件が備つており、国民もそれを求めており、それなしには斗争を発展させることができないということである。従つてわれわれは、直ちに軍事組織をつくり、武器の製作や、敵を攻撃する技術や作戦などを一般化する初歩的な軍事行動から着手し、更に軍事行動に必要な無数の仕事を解決しなければならない。情勢は日毎にわれわれの断乎たる行動を求めるのである。この情勢の中で前衛としての歴史的任務を果すために、われわれは、武装の準備を行い、行動を開始しなければならないのである。」と結んでいる。

以上の諸点と本件文書から次の事実を読み取ることができる。

1、階級斗争の立場から日本において革命の必要を説いたものである。

「われわれの軍事科学とは何か」との問に対する答の一部として「それは、民族解放、民主革命を達成するための革命戦争の技術と法則である。

われわれの軍事科学の最も基本的な法則はマルクス、レーニン、スターリン主義である。何故ならば、われわれの軍事行動は、階級、斗争の一部であり、その最も戦斗的な斗争手段である。マルクス、レーニン、スターリン主義はこの階級斗争の勝利への道を教える法則である。われわれはこれを基礎にして日本や中国やソヴエト同盟の軍隊の法令や、条令や、典範令、勝利や敗北の経験、革命戦争の戦略や戦術等を研究し、日本の軍事組織の発展と、革命戦争の実践に適用する新しい軍事法則を確立しなければならない。」との記載と「新しい綱領は『民族解放、民主政府が妨害なしに平和的な方法で自然に生れると考えたり、或いは反動的な吉田政府が、新しい民主政府に、自分の地位をゆずるために、抵抗しないで自ら進んで政権をなげだすと考えるのは、重大な誤りである』と述べて、国民の革命的斗争を組織するよう訴えている。との記載からこれを認められる。

2、その革命の方式は、多衆結合して武力に訴えるものである「敵の武装力から味方を守り、敵を倒す手段が必要である。この手段は、われわれが軍事組織をつくり、武装し、行動する以外にない。」

「武器をとつて、国民をこの奴隷的状態から救い民族解放、民主革命のために献身する意志と決意と能力を持つ人々を結集する以外にはない」「中核自衛隊は、工場や農村で、国民が武器をとつて自らを守り、敵を攻撃する一切の準備と行動を組織する戦斗的分子の軍事組織であり、日本における民兵である。」「もともとわれわれの軍事的な目的は、労働者と農民のパルチザン部隊の総反抗と、これと結合した労働者階級の武装蜂起によつて敵の権力を打ち倒すことにある。」「このようにして、斗争がくり返えされ大衆行動と軍事的勝利が蓄積されるならば、われわれは敵の支配を地域的に麻痺させ真の根拠地をつくりあげることができる。」との記載と前記3の軍事組織の方式と任務についての記載により明白である。

3、武力革命とは武力によつて日本の政治機構を破壊し、領土の一部を占拠し以て新しい民主政治を樹立することを目的とする。

「民族解放、民主革命を斗いとるためには、アメリカ帝国主義者の日本に対する占領制度を除かねばならない。売国的な吉田政府は、アメリカ帝国主義者のこの野望に同意し占領制度を延長するための日米安全保障条約を結び、警察や予備隊、海上保安庁等の新しい軍隊を強めている」「警察や軍隊の周囲に消防団、鉄道公安官、刑務官等やガード職制、反動的暴力団等を結集し、国民にフアツショ的な体制を押しつけているのである。」「平和的な方法だけでは戦争に反対し、国民の平和と自由と生活を守る斗いを推し進めるにことはできないし、占領制度を除くために、吉田政府を倒して、新しい国民の政府をつくることもできない。」「これとの斗いには、敵の武装力から味方を守り、敵を倒す手段が必要である。この手段はわれわれが軍事組織をつくり、武装し、行動する以外にない。」「われわれの軍事組織はこの根本原則に従つて敵の部隊や売国奴達を襲撃し、それを打破つたり、軍事基地や軍事工場や、軍需品倉庫、武器、施設、車輌などをおそい、破壊したり、爆発させたりするのである。」「もともとわれわれの軍事的な目的は労働者と農民のパルチザン部隊の総反抗と、これと結合した労働者階級の武装蜂起によつて敵の権力を倒すことにある。」「このようにして斗争がくり返され、大衆行動と軍事的勝利が蓄積されるならば、われわれは、敵の支配を地域的に麻痺させ、真の根拠地をつくりあげることができる。もし敵の支配することのできない味方の根拠地をつくるならば、パルチザンの活動は、飛躍的になるであらう。」「それ故にこそ、軍事組織が大衆斗争と結合して、敵の武装力を地域的にくつがえすならば、それが直に、国民の権力を地域的に打ち立てる力となるのである。」等の文書からこれを読み取ることができる。

4、武力革命の必要性、正当性を主張したものである。

「従来われわれの一部には職制や売国奴に対する直接的な行動や、敵の武装力に対する意識的な攻撃を一揆主義と考えたり、また大衆の、職制や売国奴に対する憎しみからくる直接行動や、自発的な軍事行動をテロリズムだと考える傾向があつた。そのため、これ等の斗争を階級的組織的行動へ発展させる行動が不充分であつた。しかし現在の情勢は、このような考えでは、斗争を発展させることができないほど尖鋭化しているのである。従つて、われわれは、この直接行動を意識的、計画的に組織すると共に、大衆の自発的行動に対しても、進んでこれに協力し、指導し、軍事組織の行動を結合させていかなければならない。」「われわれの軍事科学の最も基本的な法則は、マルクス、レーニン、スターリン主義である。」「われわれはこれを基礎にして革命戦争の戦略や戦術等を研究し、日本の軍組織の発展と、革命戦争の実践に適用する、新しい軍事法則を確立しなければならない。」

「現在、われわれにとつて、一番重要なことは、武装し行動する条件が備つており、国民もそれを求めており、それなしには斗争を発展させることができないということである。従つてわれわれは、直ちに軍事組織をつくり、武器の製作や敵を攻撃する技術や作戦などを一般化する初歩的な軍事行動から着手し、更に軍事行動に必要な無数の仕事を解決しなければならない。」

「占領制度を除くためには、われわれはあらゆる手段をとらなければならないし、また、それは許されるのである。この場合には通常の支配者の道徳は適用されないのであり、それに影響されてはならないのである。」等の記載からこれをうかがうことができる。

以上の諸点から本件文書は要するに多衆結合して武力を以て我国の政治機構を破壊し、領土の一部を占拠する等内乱罪実行武力革命の正当性又は必要性を主張したものと謂うことができる

辯護人は本件文書を分析し要するにマルクス主義の革命理論の原則を日本の現状に当て嵌めて将来の革命方式を指示し、国家が武装する限り革命は暴力に推移せざるを得ないことを説いたもので、日本共産党が今直ちに暴力革命に推移することを説いたものでなく将来国民大衆が革命を要求し支持した場合に革命のために組織されるであらうパルチザンや人民軍を描写したに過ぎない。現在の段階では、労働者、農民が警察その他に対して抵抗や実力斗争をしているから中核自衛隊はこれらの抵抗や斗争を抵抗自衛組織に高めなければならない。中核自衛隊は内乱遂行のためのものではなく現在の情勢に合はせ大衆の抵抗、防禦戦を通じ、これを発展せしめるにあり。当面の任務はこれ等を結集して抵抗自衛組織を作ることである。一揆主義やテロリズムで革命は遂行されるものでなく、むしろこれを妨げるものであるが、現在一部の実力的抵抗斗争が出ているものを一概に一揆主義やテロリズムとして水を差すべきでなく、この抵抗を通じて抵抗自衛組織に高め、大衆がこれを望み支持した場合に革命を遂行すべきことを説いたものである。検察官は右文書の危険な個所のみを抽出して綴り合せて起訴状に記載し全体の文意を故意に抂げて解釈するものであると縷々説明するけれども、当裁判所は本件文書全体の趣旨から前段説示の如く内乱罪実行の正当性、必要性を主張したものと断ぜざるを得ない。

更に辯護人は民主々義の下における内乱の罪は旧憲法、並その下の刑法のそれの如く天皇の破壊、専制権力に対する反抗を以て内乱と解してはならない。何となれば民主々義の下において国民は反抗権、革命権(叛乱権)を以ているからである。即ちいかなる圧政にもだまつて届従せよというのは民主々義社会の理論でなく、奴隷の理論だからであると謂うけれども、現行法の下における我国の政治機構を多衆結合して暴力を以て破壊することを以て内乱と解する立場を採るが故に辯護人の主張は採用の限りでない。

四、本件文書は日本共産党の新しい綱領に基き昭和二十六年十月頃共産党員又はその同調者に指示したものである。

1、日本共産党の新綱領

金原厚外二名に対する爆発物取締罰則違反被告事件第二十回公判における証人山辺健太郎の供述調書の謄本、並佐藤直道に対する証人尋問調書の各記載に、証第十三号(球根栽培法)中「第五回全国協議会は、予定された討議を終了し、この協議会に課せられた歴史的任務を果して、閉会することになつた。新綱領草案は全党の討議を結集しここに本協議会で満場一致最後的決定がなされた。」との記載証第二十三号(工学便覧)中「日米反動勢力の手中にある軍隊や警察の暴力機関が直に愛国的勢力にそのままそつくり移るものでない。平和的な方法では民族解放革命はなしとげられないのであつて、このことは新綱領が示している通り、革命的な斗争以外にはない。」との記載、証第二十号証第二十一号(中核自衛隊の組織と戦術、球根栽培法)中「軍事問題についての新しい論文『中核自衛隊の組織と戦術』は、この発展しつつある大衆の軍事的行動を一層発展させると共に、行動正確にするために発表されたものである。従つて、この論文は、前に発表された『われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」に続くものであり、これを基礎にしたものである、との記載に本件文書中「われわれは、四全協以来その決定にもとづいて、国民のこの要求に答え武装のための準備を進めて来た。」「第五回全国協議会は、満場一致で新しい綱領を採択した。」証第十八号(球根栽培法)中「新綱領実現のため戦術と組織問題を重視せよの項中五全協では当面の革命段階を通じての基本綱領である新綱領が採択された、五全協または四全協で決定された武装斗争の方針をさらに具体化した。」旨の記載と本件文書の末尾に一九五一年十月と附記されている事実を併せ考えるときは、日本共産党が戦後日本が占領下においても社会主義への平和的移行の条件を備え、議会主義的革命(平和革命)が可能であるとし所謂「マルクス、レーニン主義の日本化」「国民に愛される共産党」として発足したところ、コミンホルムの批判を受けかかる日和見主義を捨てマルクス、レーニンの革命理論を採るに至り、昭和二十五年の四全協の決定に基いてこの革命方式を採り翌二十六年八月の第二十一回中央委員会において民族解放民主革命を打ち出した新綱領が作成され、同年十月の五全協でこれが採択された事実が認められ、而してその新綱領の要点は証第十一号日本共産党当面の要求――新しい綱領――によれば、

(一)「アメリカの占領は日本人をどんなに苦しめているか、戦争後日本はアメリカ帝国主義者の隷属の下におかれ自由と独立を失い、基本的人権をさえ失つてしまつた現在わが全生活―工業、農業、商業、文化などアメリカ占領当局によつて管理されている。」に始り「占領下にない日本は、他国との協力によつて、その経済の興隆のために必要なすべてのものを、即ち、その製品を売るための市場、工業のための原料、食糧品、その他を獲得することができるのである。」と結んでアメリカの帝国主義者の日本占領はアジヤ侵略戦争に引き入れるためである旨を述べ、

(二)吉田政府はアメリカ占領制度の精神的、政治的支柱である。

占領当局の圧制的な、略奪的なすべての命令は、日本政府の指令、および国会の法律として実施され、而かも吉田政府と国会は選挙されたものであり、また日本国民の意志を代表するかのような見せかけをもつているから占領当局の圧制的な略奪的な命令が日本国民の同意と承諾の下に実施されているようなまちがつた印象が生れて来る。

吉田政府は、占領当局の圧制的な略奪的な本質をかくすためのツイタテである。

吉田政府という場合、われわれは必ずしも吉田個人を意味するものではない。無論問題が個人にあるのではない。今日反動的な自由党が吉田を首相にカツギ出しているが、明日には、同じく反動一味の中から他の者をカツギ出すことができる。そうなつても事態は変らない。吉田政府という場合、われわれは反動的「自由」党と吉田政府を支持、激励する日本の反民族的反動的な力を意味するのである。この勢力は天皇、旧反動軍閥、特権官リヨウ、寄生地主、独占資本家、つまり日本国民を搾取し或いは搾取を激励する一切のものである。

吉田自由党反動政府をそのままにしておいて、日本を占領制度から救い出し民族解放を斗い取ることが出来ると思うのは全く間違つた考え方である。占領制度をなくするためには、何よりも先ず、その精神的、政治的支柱である吉田政府をなくさなければならない。これこそ占領制度から日本を解放する途上における第一の決定的なあゆみとなるであらう。

日本の民族解放を斗い取るためには、何よりもまず、吉田自由党反動政府を打倒しその代りに新しい国民政府を樹立しなければならない。これは日本の民族解放の政府となるであらう。

(三)民族解放民主革命は避けられない

日本共産党は現在の反動自由党政府に代るべき新しい民族解放民主政府が対外および対内政策において次のような変革と改革を実現し、これを立法化するように要求する。

国家の構造

天皇制の廃止と民主共和国の樹立

日本は天皇制を廃止することによつてただ利益を得るだけである。国家の首長は国民により自由に選挙され四年おきに改選される大統領でなければならない。

(四)革命の力―民族解放民主統一戦線

日本の解放と民主的変革を、平和な手段によつて達成し得ると考えるのは間違いである。

労働者と農民の生活を根本的に改善し、また日本を奴隷状態から解放し、国民を窮乏の状態から救うためには、反動勢力に対し、吉田政府に対し、国民の真剣な革命的斗争を組織しなければならない。即ち反動的吉田政府を打倒し、新しい民族解放民主政府のために道を開き、そして占領制度をなくする条件を作らなければならない。これ以外に行く道はない。

というのである。

2、新綱領が支持する民族解放民主革命は武力革命である。

1に挙示した証拠に三帰省吾外九十名に対する騒擾等被告事件の第三十二回公判調書謄本中同人の冐頭陳述の記載並びに本件文書の冒頭「この軍事問題についての論文はわれわれが不充分ながら行つて来たこの問題についての実践の発表であると共に五全協において新しく採択された綱領にもとづく具体的な指針である」旨の記載とを合せ考えると、日本共産党は四全協において従来の平和革命の方式を捨て正式に武装蜂起の方針を採り、非合法態制の全国組織としてビユーローを持ち、このビユーローが合法面に対し軍事方針の指令を出す仕組とした。而して昭和二十六年八月第二十一回中央委員会において新綱領草案が出され同年十月五全協において満場一致でこれが採択されたものであるが、その際ここで「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」という軍事方針も決定された事実が認められる。

3、武力革命に関する本件軍事論文は共産党員又はその同調者に対し中央より流されたものである。

前掲証拠によれば、本件文書の軍事方針が五全協において決定され党中央から党員に流されたので、下部組織の府県ブューローはこれを党員に周知徹底させるため討議にかけ、結論として軍事委員会或は中核自衛隊を組織し武器の研究、製作を始め軍事列車の襲撃を計画した事実が認められる。

而して証第二十一号(中核自衛隊の組織と戦術)によれば、「隊の編成は、機敏な行動と連絡が容易で結集しやすいように、工場や部落や町学校を中心に十人以内で一つの隊を組織する。

隊員が増加すれば、五人乃至十人の隊を小隊にし、二乃至三小隊で一中隊、二乃至三中隊で一大隊を編成する。小隊をはじめ、隊の指揮機関には、それぞれ長を置き、指揮系統を通じて中央の軍事委員会につながると共に、各隊には必ず一名の政治委員をもうける。総ての軍事行動はこの長を中心に、長の指揮に従つて行われる。われわれの軍事行動は、大衆斗争と結合しており、この大衆斗争との結合や軍事行動に附随する大衆動員の組織は主として政治委員の方針にもとづいて行われる。従つて総ての軍事行動は長と政治委員の一体となつた指揮と指導のもとに行われる。従つて長と政治委員は討議によつて軍事計画の意見を常に一致させると共に、マルクスレーニン主義による思想的、軍事的意見の統一のために不断に努力する。

中核自衛隊に参加した党員は、通常の細胞活動から解除されて、この政治委員の指導のもとに、党員としての政治的軍事的生活を行う。

中核自衛隊は武装した組織である。従つてこれを組織すると同時にあらゆる努力を払つて武器を持ち、これを運用する技術を習得しなければならない。武器の主要な補給源は敵である。中核自衛隊はアメリカ占領軍をはじめ敵の武装機関から武器を奪いとるべきである。その上他方においてはわれわれの武器を製作することである。現在の段階における、中核自衛隊の軍事行動とは、統一戦線を目指す、大衆斗争を基礎にした遊撃戦術である。」旨の記載がある。

以上の事実から本件文書は日本共産党の新綱領に基き共産党員又はその同調者に対して軍事方針を指示したものと断ずるにはばからない。(よつて以下本件文書を軍事論文と略称する)

辯護人は革命の時期場所等を共産主義者が勝手に決定して革命を起し得るものではなく、共産主義者は単に社会科学者として眼前の事態が革命か否かを判断する能力を有するに過ぎない。従つて本件文書は大衆革命の必要を社会科学者として論じた論文に過ぎないと辯疏するけれども、本件文書は単に社会科学者として革命の必要性を述べた論文でなく実践のため指針として共産主義者又はその同調者に流したものと認めざるを得ない。

五、被告人等が本件軍事論文の内容、趣旨を認識していた事実

1、被告人荒井忠彦の検察官に対する昭和二十七年十月五日附第六回供述調書中「私達が共産党員島名君から指示を受けて安永鉄工所工員に頒布した軍事論文というパンフレツトについて、私は九月十日夜新天地の空家で島名君から話を聞いたとき大体の内容について話し、結局『労働者農民が武装して起ち内乱を起して武力革命達成せねばならぬ』という内容のもので武力革命の達成の必要性方法等について書いてあることを知つた、君等も読んで置けと話していたので頒布後中江君から残部十部位を受取り自宅に帰つて土間にあるクドの前で一通り目を通して読んだ後こんなパンフレツトを所持していてはいかんと思つたので右クドの中に放り込んで焼いて仕舞つた」旨の記載

2、被告人中江啓生の司法警察員に対する第五回第七回供述調書と検察官に対する第二回第三回各供述調書を通じ「自分は十二日夜日共の島名さんから『荒井から君の家に届けてある文書と一緒にこれを折り込んで配つて呉れ』と言われて包を受取り帰宅して中を見ると『われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない』とか『行動を開始する』とかの文字が眼にうつつた。これを全部荒井君から受取つた安永鉄工所解放綱領にはさんだ。これより先八月二十八日軍事会議が私方で持たれ、島名から武装暴力を卒先してやる決議がなされた事があるので、島名から受取つた文書を挾むとき、いよいよ安永鉄工所にも軍事活動をやると思つた。更に十三日朝安永で配る前荒井から『これは軍事論文だからピケをはつて配らねばならぬ』と聞き、安永にこれを入れて武装を煽動するのだと思つた。そして軍事論文と言うのは労働者農民を中心とした民族解放民主統一政府を樹立するため武装した国民組織により売国吉田政府を倒し国民を解放する暴力革命の必要性を叫んだ文書であることを知つていた。」旨の記載

3、被告人李真羲の検察官事務取扱検察事務官に対する第四回検察官に対する第二回各供述調書を通じ「自分は昭和二十六年の春共産党に入党したが九月十一日島名某から十三日朝六時半安永鉄工所に軍事方針を入れるがこれは危いからピケを立てなければならぬので朝鮮青年から二、三人頼むと言われて承諾し今晩金辰鐘方に集るから連絡して置くと言い金方で開かれた朝鮮民主愛国青年同盟の会議の席上之を伝え、李、金、申が出ることになつた。そして軍事方針とは国民総武装しこれを以て我々が武装して抵抗して民族を解放せねばならぬことを書いたものだと聞かされ尚軍事方針の内容については前から新聞で知つていた。」旨の記載

4、被告人金辰鐘の検察事務官に対する第四回、検察官に対する各供述調書を通じ「自分が頒布した文書は非合法ビラで我々共産党員としては軍事方針を書いたビラで軍事方針というのは、我々党員が時々党から入手する機関紙『平和と独立』にも書いてある様に『労働者、農民は武装してブルジヨア政府を倒し働く者の手で政府を樹立し我々の生活を向上させねばならない、この手段としてたとえ石ころででも武装して立ち上り各所に内乱を起して所謂武力革命を達成せねばならぬ』という内容を書いたビラだと想像した。」旨の記載

5、被告人申貴徹の検察事務官に対する第四回第五回第六回、検察官に対する第一回第二回各供述調書を通じ、「自分は九月十一日夜金方で李から安永鉄工所へ共産党の軍事論文のビラを流すと言われ第六感で非合法ビラとわかつた、非合法ビラとは結局破防法にふれる様なものだということになる、その内容についてはこれ迄の討論等によつて武装して革命をやらねばならぬということが書いてあるものであることを知つていた。」旨の記載

と川合重雄作成の捜査差押調書によつて中江啓生方で「益鳥と害鳥」「防衛活動の基本方針六月政治報告」を押収した事実

出崎清作成の捜査差押調書によつて李真羲方で「人民軍と共に」「共産主義の勝利」「宣伝活動報告」が押収された事実

倉谷徳助作成の捜査差押調書により申貴徹方で「益鳥と害鳥」が押収された事実

によつて被告人等は本件文書は内乱の罪を実行することの正当性又は必要性を記載したものであることを認識していた事実を認めることができる。

一部学者には内乱の正当性又は必要性を記載した文書たることを認識するのみにては足らず、これを自己の意見或は主張として印刷頒布するにあらざれば本条の罪を構成しないと論ずる者もあるが、本条は、かかる内容の文書たることを認識するを以て足るものと解する。

六、内乱の罪を実行させる目的について

本件軍事論文が内乱の正当性又は必要性を主張したもので甚だしく穏当を欠くものであることは、前説示に照し明白であるけれども、これが頒布行為に刑罰を以つて臨むには「内乱の罪を実行させる目的」が必要である(破壊活動防止法等三十八条第二項第二号)から、この点について考えるのに、刑法犯における目的罪には二つの類型があつて、一は客観的行為が違法性を有し、それ自体犯罪を構成するが、これに一定の目的が附加されることによつて責任を加重されるものと、他は客観的行為は違法性を有しない場合もあり得るが、これに一定の目的が附加されることによつて違法性を持つて犯罪となるものであり、前者が暴動に朝憲紊乱の目的が附加された場合には内乱罪となつてその刑が加重され、後者は通貨文書等の偽造(観賞、学術研究のための場合もある)に行使の目的が附加されることによつて違法性を帯有し、通貨、文書偽造罪となるのである。(尤も目的行為論(finale Handlungslehre)の立場から故意を主観的違法要素と考える新しい学説があるけれども、これに関する議論はしばらく措き、これを責任条件と考える古い立場をとるが、何れの立場を採つても本件の場合には判断の結果においては同一に帰着する。)而して、後者の場合にはその目的は故意の内容の一部となるものであるが、何れの場合にも、客観的行為との関連においてその目的を推認し得られるものである。然るに本条の場合は、これと全く性質を異にし、客観的行為そのものは、本来的には何等違法性を有しないのみでなく、却つて憲法によつて保障される表現の自由に対し、内乱の罪を実行させる目的が附加されることによつて一躍して犯罪となるものであるからこの目的の認定には厳格なる制限が存するものと解する。参議院が本条の審議に当つて、法案の「内乱を実行させるために」を「内乱を実行させる目的を以て」と変更したのも、この趣旨からであると思考されるし、法第二条において「この法律は国民の基本的人権に重大な関係を有するものであるから、公共の安全の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべきであつて、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない」旨規定し、この趣旨を厳かに宣言している。

従つて本条の「内乱の罪を実行させる目的」とは行為者において内乱罪の実行の正当性又は必要性を主張した文書であることを認識するのみでは勿論、内乱の罪を実行させる意図を有していたのみでも足らず、その結果発生の現実的な可能性或は蓋然性がなければならぬものと解するが故に行為者が内乱の罪を実行させる意図の外に結果発生の現実的な可能性或は蓋然性が存在し、これを認識してその行為に出でた場合にのみ「内乱の罪を実行させる目的」があるものと謂はなければならない。

何となれば、行為者において、いかに内乱の罪を実行させる意図を有していたとしても、結果発生の現実的な可能性或は蓋然性がない限り、法第二条に謂う「公共の安全の確保のために必要な最小限度」に何等の影響がなく、これを超えて「拡張して解釈する」結果となるからである。

ホームズ判事が、いみじくも、言論を制限する基準として明白且現在の危険の原則(a clear and present danger rule)を宣明したのも法第二条の「公共の安全の確保のために必要な最小限度」と合致するところであつて、これをそのまま法第三十八条第二項第二号の「内乱の罪を実行させる目的」に採つて以つて適用すべきものと信ずる。

即ちかかる害悪を生ずる明白且現在の危険がないのに、単に将来かかる害悪を生ずる虞あることを揣摩臆測して言論を制限、処罰することは民主々義の根本原則に反するからである。

刑法犯の目的罪についても末必の故意にては足らず、確定的故意を要するという有力な学説が存在するを想ひ合せるとき、公共の安全の確保に必要な最小限度に止め、これを拡張して解釈してはならない本条の「内乱を実行させる目的」を右の如く解釈するを相当とする。

この法理をより具体的に解明するならば、内乱実行の気運が熟し僅かの剌激によつて触発すべき情勢にあるとき又は或る一定の団体組織の下において団体の指令としてその団体員又はこれが同調者に下命した場合には「公共の安全の確保」のために危険であり、「明白且現在の危険がある」と謂い得るから、かかる事情を認識して内乱の罪の実行の正当性又は必要性を主張した文書を頒布するは「内乱の罪を実行させる目的」を以てしたものというを妨げないであらう。

よつて進んで本件についてこれを看るに、前掲「四」に説示した如く、昭和二十六年十月頃以降、日本共産党員又はその同調者間において、本件軍事論文に従つて、ブューロー組織を持ち、一部には軍事委員、中核自衛隊を組織し、武器の研究、製作に着手し、或は軍事列車の襲撃を計画した事実が覗える、(従つて軍事論文を日本共産党員又はその同調者に頒布した者については、そのグループの間において結果発生の現実的な可能性或は蓋然性があり、これを認識し得べき立場にあるから、「内乱の罪を実行させる目的」があるものと言ひ得ることは前段説示の通りである)けれども、これは、あくまでも、本件軍事論文の指令に服すべき日本共産党又はその同調者間に止るものである。一般大衆は本件軍事論文の指令に服し或はこれを支持すべき事情にあつた事実を認むべき証拠がなく、且日本全国は勿論、上野市地方に内乱の結果発生の現実的な可能性或は少くとも蓋然性があつた事実を認むべき証拠は全然なく、又本件文書頒布当時安永鉄工所の工員が日本共産党員又はその同調者で本件軍事論文の指令に服すべき事情にあつた事実もこれを認むるに足る証拠がない。その他被告人等が本件文書を頒布した当時、内乱の結果発生の現実的な可能性或は蓋然性があつた事実を認むべき証拠がないのみでなく、被告人等の司法警察員、検察事務官及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人等の一部には日本共産党員又はその同調者を含むけれども、何れも党務には熱意を欠き、伊賀地区細胞の軍事会議には殆んど出席したことがなく、本件文書の存在すら知らなかつたところ、党員の島名武雄から本件軍事論文を争議中の安永鉄工所の工員に頒布方を依頼せられて、「安永鉄工所労働者解放の道」と共にこれを頒布するに当り、僅かに、その内容を一瞥し、或は相被告人より聞き又は臆測してこれを了知した程度に過ぎない事実を認め得るので、被告人等はいづれも、前示の情勢には無頓着で、党員島名武雄の命に従つた使者に過ぎなかつたものと謂うのが相当である。

然らば、被告人等の本件軍事論文の頒布行為には内乱実行の現実的な可能性或は蓋然性がなく、又これを認識したものでもないので、「内乱の罪を実行させる目的」がなかつたものと謂うべく、その他これを認むるに足る証拠が存在しないので、結局本件被告事件は、この点に関する犯罪の証明なきに帰する。

よつて刑事訴訟法第三百三十六条を適用して主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 大友要助 裁判官 黒羽善四郎 裁判官 櫛淵理)

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